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奪い合う「赤」の王座、覇権争いの結果は・・・
古来より『赤』という色は、情熱や権力、そして神聖さの象徴でした。
しかし、自然界で「鮮やかで、かつ色褪せない赤」を手に入れるのは至難の業でした。
この理想の赤を巡り、歴史上では劇的な「勝ち抜き戦」が繰り広げられてきたのです。
欧州の古豪「クリムゾン」の時代
中世ヨーロッパにおいて、高貴な人々がまとう赤色の主役は「クリムゾン」でした。
この色の原料は、地中海沿岸の樫の木に寄生する「ケルメス」という小さなカイガラムシの一種。
ところが、ケルメスは非常に小さく、わずかな染料を採るために膨大な数の虫を採集しなければなりませんでした。
そのため、クリムゾンで染められた衣類は、王族や枢機卿といった最高権力者だけが許される「特権の色」だったのです。
この時代の「赤」の王者は、間違いなくこのクリムゾンでした。

新大陸での出会い「コチニール」の大逆転
16世紀、この勢力図を根底から覆す大事件が起こります。
大航海時代、スペインの征服者がアステカ帝国(現在のメキシコ)に、渡りました。
その地で彼らが目にしたのは、それまでのヨーロッパには存在しなかった、信じられないほど鮮烈な赤色でした。
それが、サボテンに寄生する『エンジムシ(コチニール)』から作られた色素だったのです。
コチニールのポテンシャルは圧倒的でした。
発色の良さ: クリムゾンよりもはるかに鮮やかで、深みがある。
生産性: 同じ重さのケルメスに比べ、約10倍の色素量を持っている。
この圧倒的なスペックの差により、その価値は非常に高く認められ、コチニールは銀に匹敵するほどの貴重な交易品として扱われるようになります。
スペインはこの染料を独占し、メキシコからヨーロッパへ大量に輸出しました。
この時、コチニールから作られた最高級の赤色が、『カーマイン』という色名で呼ばれるようになりました。
ここに、歴史的な「赤の王者」の交代劇が完了したのです。
合成染料から天然素材への回帰
時が流れ、19世紀に石油から合成染料が作られるようになると、天然の虫を原料とする必要性は薄れていきました。
しかし近年では、合成着色料の安全性が議論される中で、「天然由来」の色素として再び注目されるようになっています。
現在では、食品や化粧品の着色料として広く利用されています。
たとえば、イチゴ味の乳飲料やヨーグルト、キャンディー、ゼリーなどに、あのやさしいピンク色を与えています。
いちごの果汁そのものは、実はそれほど鮮やかな赤ではありません。
そこで食品メーカーは、私たちが思い描く「いちごらしい色」を再現するために、天然の赤色素であるコチニールを用いることがあるのです。
また、この色は化粧品の世界でも欠かせない存在です。
口紅やチーク、アイシャドウなど、肌に自然になじむ温かみのある赤色を作るために、古くから利用されてきました。
さらに意外なところでは、イタリアのリキュールとして知られるカンパリの鮮やかな赤色も、かつてはコチニールによって生み出されていました。
現在は別の着色料に変更されていますが、かつて世界中のバーで楽しまれていたあの赤いカクテルの色も、小さな虫から生まれたものだったのです。

私たちが何気なく目にしている赤色の背景には、小さな虫と人間の長い歴史が隠れていることに気づかされます。
ほんの数ミリの命が生み出す色が、大陸を越える貿易を生み、王侯貴族の衣装を彩り、そして現代の私たちの暮らしにも静かに溶け込んでいるのです。
コチニールレッドは、自然の中の小さな存在が、世界の色彩文化にどれほど大きな影響を与えてきたのかを教えてくれる、特別な赤色なのかもしれません。
食品・化粧品界の「コチニール」
芸術・デザイン界の「カーマイン」
伝統と深みの「クリムゾン」
洋の東西を問わず、人類は『赤』という色に対して、特別な感情を抱くようです。
数千年にわたる人間たちの「より鮮やかな赤」への執念は、その原料を、植物や鉱物だけにとどまらず、虫たちにも及んだのでした。