プリンターで使う色としてお馴染みの「シアン」。
実はこの色、ある職人の「ケチ」から生まれた『世紀の失敗作』だったんです。
今回は、現代の印刷に欠かせない「シアン」の話です。
物語の舞台は1704年頃のドイツ・ベルリン。
主人公は、ディース・バッハという塗料業者のひとり。
彼は、以前、このブログでもご紹介した
『コチニール』という、真っ赤な顔料を作ろうとしていました。
しかも、サボテンにつく虫から取れるこの貴重な赤は、非常に高価だったため、より安く、効率的に作ろうと試行錯誤していたのです。
ところが、ここで歴史を変える「事件」が起きます。
ディースバッハは、コストを抑えるために材料を安く手に入れたいと考えました。
そこで、その材料の一つである「カリ(炭酸カリウム)」を、正規の店ではなく、錬金術師ディッペルから譲り受けることにしたのです。
これが、思わぬ結果をもたらします。
この「カリ」は、牛の血液などの不純物が混ざったものだったのです。
出来上がったのは期待していた「情熱的な赤」ではなく、見たこともないほど、深く、鮮やかな青!!
これが、現代の「シアン」のルーツが誕生した瞬間でした。
世界初の人工合成顔料「プルシアンブルー(ベルリン藍)」は、ケチ精神が生んだ実験の失敗の結果なのです。
「シアン」という名前の語源は、ギリシャ語の「暗い青」(cyanoa)」から派生した言葉です。
実は、この名前には少し怖い側面もあります。
ミステリー小説でお馴染みの猛毒、青酸カリなどは「シアン化合物」なんです。
この毒が最初に「プルシアンブルー」から抽出されたため、同じ「シアン」の名を冠することになりました。
現代のプリンターインクとしてのシアン自体に猛毒はありませんが、名前の裏には「青い顔料から見つかった毒」という、化学の少しダークな歴史が隠されているんです。
このベルリン生まれの失敗作は、やがて海を越えて江戸時代の日本にやってきます。
当時の人々はこれを「ベルリンの藍」を略して「ベロ藍」と呼びました。
それまでは、藍色といえば、染料でおなじみの『藍』。
これに比べ、安価で発色が鮮やかなベロ藍は、のびやかに描けることもあって、絵師たちに大好評となりました。
もちろん、あの葛飾北斎もベロ藍に魅了された絵師の一人です。
『富嶽三十六景』の『神奈川沖浪裏』
力強くうねる波、澄み渡る空。
あのドラマチックな青は、この「ベロ藍」なしには表現できませんでした。
もし、ドイツの職人が材料をケチっていなければ、北斎の代表作はもっと地味な色合いだったかもしれない……。
そう考えると、歴史の偶然に感謝したくなりますね。
現在、私たちがプリンターで使うシアンは、さらに進化を遂げた「フタロシアニン」という顔料が主役です。
「安定して大量に作れる青」の発見が、後の色彩学において、色の三原色としての「シアン」を定義する土台となったのでした。
カラースクールT.A.A
フジタ でした