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「ハイドレンジアブルー」と「紅掛空色」が織りなす東西の色彩観

2026/07/07

うつろう夕空とアジサイの影

ハイドレンジアブルー



西洋において、絶妙なくすみを含んだ青紫を表現する代表的な色名が 「ハイドレンジアブルー(Hydrangea Blue=アジサイの青)」 です。

今でこそヨーロッパの庭園や街角を彩る定番の花ですが、実はアジサイの原産地は日本をはじめとする東アジアです。

18世紀後半(1789年頃)、イギリスの植物学者らによってヨーロッパへもたらされたとき、その不思議な生態は現地の園芸家や貴族たちを大いに驚かせました。

土壌の酸性度によって、青から紫、ピンクへと、まるで魔法のように色を変えるからです。

しかし、ヴィクトリア朝(19世紀)のヨーロッパにおいて、アジサイは最初から歓迎されたわけではありませんでした。

当時の厳格な「花言葉」の世界において、アジサイはその大ぶりで華やかな見た目に反して実を結ばない(種が少ない)ことから、「虚栄」や「冷酷」、あるいは「高慢」といった、少し不名誉なメッセージを持つ花とされていたのです。

その風向きが変わったのは、19世紀末から20世紀初頭にかけてのこと。

アール・ヌーヴォーの台頭や、絵画における印象派の登場により、芸術家たちは自然界の「一言では言い表せない複雑なニュアンスカラー」に目を向けるようになります。

単なる原色のブルーではなく、ピンクやグレーが複雑に溶け合ったアジサイの青紫は、急速に「エレガンスとノスタルジーの象徴」として再評価されていきました。

そして20世紀前半には、正式な色名「ハイドレンジアブルー」として、色見本帳にその名を刻むことになったのです。





現代ファッションに息づく「洗練されたくすみ」



現代において、ハイドレンジアブルーは単なる植物の色を超え、ファッションやライフスタイルの世界でなくてはならない「タイムレスな名作カラー」として君臨しています。

特に春夏コレクションのランウェイや、大人のリゾートウェアにおいて、この色は絶大な人気を誇ります。

一般的なパステルブルーが時に甘さや幼さを感じさせるのに対し、ハイドレンジアブルーが持つ「わずかな影(グレイッシュなトーン)」は、身に纏う人に知的で洗練された印象を与えるからです。

また、欧米のウェディングシーンでも、ブライズメイド(花嫁の付き添い人)のドレスや会場の装花として非常に好まれる色でもあります。

近年では、あえて少し色褪せたアジサイを思わせる「ドライ・ハイドレンジア」のようなトーンが、インテリアやコスメのトレンドカラーに選ばれるなど、そのアンニュイな美しさは、今もなおクリエイターたちを魅了し続けています。



日本の感性が生んだ「紅掛空色」という職人技



さて、この西洋を魅了した「ハイドレンジアブルー」とほぼ同じ 色を、日本では古くから 「紅掛空色(べにかけそらいろ)」 と呼んできました。

この名前の響きだけで、情景が浮かび上がってくるようです。

「空色」という明るい水色のベースに、文字通り「紅(ベニバナ)」の淡いピンクを染め重ねる(掛ける)ことで生まれる色。

それはまさに、植物の汁を何度も重ねて理想のグラデーションを作り出す、日本の染色職人の手仕事から生まれた名前でした。

この色が一躍注目を浴びたのは、江戸時代のこと。

当時、幕府によって贅沢を禁止する「奢侈禁止令(しゃしきんしれい)」が出され、庶民が派手な着物を着ることが禁じられました。

そこで当時の人々は、一見すると地味で落ち着いた青紫に見えながらも、実は高級な紅花を贅沢に重ねて染め上げられたこの色を、着物の裏地やチラリと見える小物に忍ばせたのです。

これこそが、江戸の町を席巻した「粋(いき)」の文化。



「完成された美」の西洋、「うつろいのプロセス」の東洋



同じひとつの青紫を巡るふたつの名前。

ここから、西洋と日本の「色の捉え方」における決定的な違いが見えてきます。


  • 西洋の色の捉え方
自然物そのものを切り取る「点」のアプローチ


西洋の「ハイドレンジアブルー」は、目の前にあるアジサイという完成された自然の造形物から、その色彩をストレートに抽出しています。

色を「ひとつの完成されたオブジェクト」として捉えるため、名前を聞いた瞬間にその花の形や質感がダイレクトに想起されます。


  • 日本の色の捉え方
時間や技法の重なりを愛でる「線」のアプローチ


一方の日本の「紅掛空色」は、色そのものの名前というよりも、「空色に紅を掛け合わせる」というプロセスや、昼から夜へと移り変わる夕暮れの時間(うつろい)そのものを名前に宿らせています。

西洋が「アジサイ」という自然の美しさをそのまま切り取って身に纏おうとしたのに対し、日本は「刻一刻と変わりゆく空の情景」を職人の手仕事によって布の上に再現しようとしました。

同じ色を目指しながらも、そのアプローチの根底にある文化のフィルターは、これほどまでに異なっているのです。


どちらがいいとか、悪いとかではなく、この違いが「文化の違い」なのです。

お互いをリスペクトしながら、ああ、そうなんだー。と受け入れる姿勢こそが、世界を平和に導いていくチカラになると思うのです。



カラースクールT.A.A
フジタ でした