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白き花が魅せる黄色の魔法 ジャスミン

2026/08/06

白き花が魅せる黄色の魔法

ジャスミン

Jasmine Yellow とは?




ジャスミンカラーというのは『淡いパステル調の黄色』です。

その指す最大の理由は、カップに注がれたジャスミンティーの「黄金色の水色(すいしょく)」にあります。
ジャスミンの花そのものは純白ですが、その香りをじっくりと吸いわせた茶葉にお湯を注ぐと、透き通った美しい淡い黄色が広がります。

西洋において、この花は単なる「庭に咲く植物」として以上に、遠い東洋から運ばれてくる「神秘的なお茶」や「優雅な香水」という体験として人々に知れ渡りました。
そのときに人々の目と心を魅了したのが、お茶が放つあの輝くような淡い黄色だったのです。

また、白い花びらの中心でひっそりと輝く黄色い雄しべの色彩や、黄色の花を咲かせる同科の仲間(キソケイなど)のイメージも重なり、西洋では「ジャスミン=気品ある淡い黄色」というカラーイメージが定着していきました。




東洋の知恵――香りを「味わう」ジャスミン茶の物語



ジャスミン(マツリカ)の原産地は、ペルシャからインド、熱帯アジアにかけての地域です。
シルクロードを経て中国へと伝わったこの花は、東洋の地で非常に繊細な「食の芸術」へと昇華しました。
それが、誰もがよく知る「ジャスミン茶(茉莉花茶)」です。

ジャスミン茶が本格的に作られ始めたのは、中国の宋代(10世紀〜13世紀頃)のこと。
そして清代の19世紀、福建省の福州(ふくしゅう)という街で、現在に伝わる高度な伝統技法「薫花(くんか)」が完成しました。

ジャスミンの花は、太陽が沈んだ夜にだけ、あの甘い香りを一気に放ちます。
職人たちは夕方に摘み取った大量の白い蕾を、ベースとなる緑茶の茶葉と幾重にも重ね合わせ、一晩かけて花が咲く瞬間の香りを茶葉に吸わせます。
翌朝、香りを出し切った花をひとつひとつ手作業で取り除き、また新しい花を重ねる・・・この工程を何度も繰り返すことで、あの深みのある香りが生まれるのです。

自然が育んだ美しい香りを「お茶」という形にして、自分の体内へと取り入れ、全身で味わう。
これこそが、東洋が育んだジャスミンの愛で方でした。




西洋の情熱――香りを「身に纏う」香水と色彩の文化



一方、17世紀に東インド会社によってジャスミン茶がヨーロッパへ持ち込まれると、王侯貴族たちは「東洋(シノワズリ)の至高のフレーバーティー」として大熱狂しました。

しかし、19世紀に入ると西洋のお茶文化に変化が訪れます。

ヨーロッパの「硬水」では繊細な緑茶ベースのジャスミン茶の旨味が出にくく、時代とともに濃い紅茶にミルクを入れるスタイルや、ベルガモットで香りをつけた「アールグレイ」が主流となっていったのです。

お茶としての主役を紅茶に譲った西洋の人々が、次にジャスミンに対して注いだ情熱――それこそが「香水(フレグランス)」でした。

地中海沿岸の温暖な南フランス・グラースという街でジャスミンの大栽培が始まると、西洋の人々はジャスミンを「香りの女王」と称え、その香りを抽出して「身にまとう芸術」へと仕立て上げました。
かの有名な「シャネル No.5」をはじめ、高級香水には欠かせない至高の原料となったのです。

東洋が香りを「お茶として味わう」文化を育んだのに対し、西洋は香りを「身に纏うドレス」として昇華させた。

お茶の美しい水色(すいしょく)と、香水が持つ優雅なイメージが重なり合って生まれたのが、西洋の色名「ジャスミンイエロー」だったのです。




官能を呼び覚ます「香りの秘密」



最後に、ジャスミンの香りに隠された少し意外な化学の秘密を・・・。

ジャスミンの香りは、爽やかなリナロールや甘い酢酸ベンジルといった成分で構成されていますが、実はそこに「インドール」という物質がごく微量含まれています。
このインドールという成分、実は高濃度では強烈な悪臭がします。

しかし、この悪臭成分が清らかなフローラルの香気の中に「ごく数パーセント」だけ混ざり合うことで、ジャスミンの香りは「どこか人間を惑わすような、濃厚で官能的な甘さ」へと劇的な変貌を遂げるのです。
純白の可憐な見た目の裏に、そんな影のスパイスを秘めているところも、ジャスミンが時代や国境を超えて人々を虜にしてきた理由かもしれません。





沖縄『さんぴん茶』との関係は?


1. 「さんぴん茶」のルーツはやはり大陸(福建省)


ジャスミン茶は、清の時代に、中国の福建省(福州)で、その製法が完成しました。

そして、かつて沖縄が「琉球王国」だった時代、中国(明・清)と非常に盛んに貿易を行っていました。
その中国側の最大の窓口であり、琉球の使節団が滞在する拠点が置かれていたのが、他でもない福建省の福州だったのです。

つまり、琉球の人々は、まさにジャスミン茶の本場中の本場と直接交易をしており、そこから最高級のジャスミン茶を沖縄に持ち帰っていたのです。
これが沖縄におけるさんぴん茶のルーツです。


2. なぜ「さんぴん茶」と呼ぶのか?


ずばり、中国語(台湾や福建省の言葉)のなまりです。

中国では、ジャスミン茶(茉莉花茶)のことを、別名で「香片茶(シャンピェンチャ)」と呼びます。 
「香」は良い香り、「片」は花びらや茶葉を意味し、文字通り「花の香りを移したお茶」という意味の美しい言葉です。

この「シャンピェン(Xiang-pian)」という中国語の発音が、琉球の言葉としてなまって定着していく過程で、 シャンピェン → サンペン → さんぴん と変化し、「さんぴん茶」と呼ばれるようになったということです。