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キャロット・オレンジ 〜オランダ独立の英雄と、愛国心の物語〜

2026/08/13

オランダ独立の英雄と、愛国心の物語

キャロット・オレンジ



私たちは、ニンジンといえばオレンジ色を思い浮かべますね。

けれど、古代から中世にかけて、ヨーロッパの人々が食べていたニンジンはオレンジ色ではなかったんです。

当時の主流は、紫、黄色、そして白色のニンジンだったのです。

現在の私たちが知る鮮やかなオレンジ色のニンジンは、自然界に最初から存在していたわけではないんですね。

オレンジ色のニンジンが世界に定着したのは、16世紀から17世紀にかけてのオランダでの出来事がきっかけでした。

当時のオランダの農家たちが、黄色や紫色の品種を掛け合わせるなどの品種改良を重ねた結果、甘くて栄養価が高く、何より色鮮やかな「オレンジ色のニンジン」を生み出すことに成功したのです。

では、なぜ彼らは数ある色の中から、あえて「オレンジ色」のニンジンを作り出そうとしたのでしょうか?そこには、オランダという国の根幹に関わる熱い思いが込められていました。



建国の父「オラニエ家」への愛国心が生んだ奇跡



16世紀後半、オランダは当時の大国スペインの支配下にあり、長く苦しい独立戦争(八十年戦争)を戦っていました。

その独立闘争を力強く指導したのが、「建国の父」として今もオランダで敬愛される英雄、オラニエ公ウィレム1世です。

彼の家名である「オラニエ=ナッソー家(House of Orange-Nassau)」の「オラニエ(Oranje)」は、もともとフランス南部にある領地「オランジュ(Orange)」に由来する名前です。

この言葉の響きから、16世紀以降「オレンジ色」はオラニエ家の象徴となり、やがてオランダという国そのもののナショナルカラーとして定着していきました。

オランダの農家たちがオレンジ色のニンジンを開発し、盛んに栽培したのは、まさにこのオラニエ公に対する深い敬意と、「我々は独立国家である」という愛国心を示すためだったと言われています。

つまり、私たちが今日食べているニンジンの色は、オランダの人々の「愛国心の結晶」なのです。



サッカーオランダ代表とニンジンの意外な共通点



この歴史を知ると、あるスポーツの風景が腑に落ちるのではないでしょうか。

それは、サッカーのオランダ代表チームです。

オランダの現在の国旗は「赤・白・青」の三色旗ですが、サッカーをはじめとするスポーツのナショナルチームは、伝統的に鮮やかなオレンジ色のユニフォームを身にまといます。

チームの愛称自体も、オランダ語でオレンジを意味する「オランイェ(Oranje)」と呼ばれ、熱狂的なサポーターたちも全身をオレンジ色に染めてスタジアムを埋め尽くします。

「ニンジンの影響でユニフォームがオレンジになった」のではなく、「オランダの象徴である王家への愛国心から、ユニフォームも、そして日々の食卓に上るニンジンも、どちらもオレンジ色に染め上げられた」というのが正しい歴史です。

ユニフォームとニンジンが、全く同じ「建国の歴史」という根源を持っているのは、非常に面白いと思いませんか?






名画に隠された暗号 〜オランダ黄金時代の絵画〜



農家たちの手によって誕生したキャロット・オレンジは、当時の芸術の世界にも大きな影響を与えました。

17世紀、オランダは経済的にも文化的にも絶頂期を迎え、「オランダ黄金時代」と呼ばれる美術の最盛期が訪れます。

この時代の静物画や風俗画には、新しく生み出されたオレンジ色のニンジンが頻繁に登場します。

例えば、ガブリエル・メッツーなどの画家が描いた市場の風景や厨房の絵画では、画面の手前や目立つ場所に、誇らしげにオレンジ色のニンジンが配置されています。

これは単なる「食材の描写」ではありません。

当時、オレンジ色のニンジンは最新の園芸技術の成果であり、一種の高級食材でした。

それを絵画に描き込むことは、「オランダの高い農業技術の誇示」であり、同時に「オラニエ家を支持する(オランダ愛国派である)」という政治的な暗喩、つまり静かなメッセージとしての役割を果たしていたのです。

絵の中のキャロット・オレンジは、当時の人々にしか分からない「誇りのサイン」でした。





画材の進化とゴッホの愛した「オレンジ」



絵画を描く「絵の具」としてもこのキャロット・オレンジには、特筆すべき歴史があります。

古典絵画の時代、このような鮮やかなオレンジ色を表現するのは非常に困難でした。

主に使われていたのは「リアルガー(雄黄)」や「鉛丹」といった顔料ですが、これらはヒ素や鉛を含む非常に有毒な鉱物であり、扱いが難しく退色しやすいという欠点がありました。

しかし、19世紀になり近代化学が発展すると、クロムオレンジやカドミウムオレンジといった、安全で発色の良い合成顔料が次々と誕生します。

この画材の革命に歓喜したのが、フィンセント・ファン・ゴッホポール・シニャックといった画家たちです。(ゴッホもまた、オランダ出身の画家ですね)

彼らは、新しく手に入れた鮮烈なオレンジ色を、補色である「青色」の隣に大胆に配置しました。

青とオレンジが互いを引き立て合う「補色対比」の魔法により、キャンバスの上にそれまで見たこともないような強烈な光と感情を表現したのです。


「キャロット・オレンジ」は、どこか可愛らしさを感じさせる色名・・・

そこには、オランダ独立の英雄の物語があり、農家たちの愛国心があり、17世紀の画家たちがキャンバスに忍ばせたメッセージがあり、そして近代画材の進化の歴史・・・といった多くのメッセージが詰まっているんですね。




カラースクールT.A.A
藤田たかえ でした