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命を削る美の追求 ~シルバーホワイト~

2026/03/18

最高の白は実は猛毒

シルバーホワイト


19世紀まで、画家たちが「これこそが最高の白だ」と信じて疑わなかった色があります。


それが「シルバーホワイト(別名:リードホワイト/鉛白)」です。


この色の正体は、「鉛」



その製造方法からして、現代の感覚では驚きの連続です。




驚きの製法


古代ローマ時代から続く、この伝統的な方法は「スタック法」と呼ばれました。


原料は、『鉛』『お酢』そして『馬糞』
  • 鉛の板を、酢を入れた壺に入れ、それを大量の「馬の糞(ばふん)」の中に埋めます。

  • 馬糞が発酵する熱とお酢の蒸気、そして発生する二酸化炭素が化学反応を起こし、鉛の表面に真っ白な結晶がこびりつきます。

  • その結晶を削り落とし、粉末にして油と混ぜると、最高級の白絵の具が完成します。




シルバーホワイトが愛されたワケ

 

 


鉛は体に取り込むと、脳や神経を侵す猛毒です。



猩々としては、激しい腹痛、手足の麻痺、幻覚、そして精神の崩壊・・・・・。



それでも画家たちがこの色を手放さなかったのには、圧倒的な理由がありました。


鉛白は、やわらかく温かみのある白を生み出します。

単なる真っ白ではなく、わずかに柔らかい光を帯びたような色合いを持ち、他の絵の具と混ぜることで微妙な明暗や肌の色を表現することができます。

ルネサンス以降、多くの画家がこの白を使い、人物の肌や光の表現を描き出しました。


 ✅「隠ぺい力」がすごい: 下の色を完璧に覆い隠す力がありました。

 ✅「乾燥」が早い: 油絵の具の乾燥を早める性質があり、作業効率が劇的に上がりました。

 ✅「輝き」が違う: 現代の安全な白(チタニウムホワイトなど)に比べ、独特の重厚感と真珠のような光沢がありました。

絵画の中に光を生み出す色、それが鉛白でした。

フェルメールの『真珠の耳飾りの少女』の、あの光り輝く肌やパールの質感も、この鉛の白がなければ表現できなかったと言われています。

しかし、代償はあまりに大きいものでした。



画家たちは筆先を整えるために筆をペロッとなめたり、手についた絵の具がついたまま食事をしたりしていました。



その結果、多くの芸術家が「鉛中毒」に苦しむことになります。 



ゴヤヴァン・ゴッホも、絵の具を口に含む癖があったということです。



彼らの精神的な不調や体調不良の一因は「鉛中毒」だったのではないか、という説が有力です。






美しさの影に「死を招く白」



ところが、鉛白は絵画の世界だけで使われていたわけではありませんでした。


同じ白は、人々の「美しさ」を作るためにも使われていたのです。


ヨーロッパでは長い間、白い肌は高貴さの象徴とされていました。



太陽の下で働く農民とは違い、屋内で暮らす貴族の肌は白かったため、白い肌は上流階級のしるしと考えられていたのです。



その理想の肌を作るため、多くの女性が鉛を原料とした白い化粧品――いわゆる白粉を顔に塗っていました。


しかし鉛を含む化粧品を長く使い続けると、皮膚から少しずつ鉛が体内に取り込まれます。



頭痛や吐き気、神経障害などを引き起こすこともあり、美しさを保つための化粧が健康を蝕むという皮肉な結果を生むこともありました。



それでも人々は、理想の白い肌を手放すことができなかったのです。


そしてこの白い化粧の文化は、遠い日本にも存在していました。


平安時代の貴族の女性から江戸時代の遊女、さらには歌舞伎役者にいたるまで、顔を白く塗る化粧は日本でも長く美の象徴とされてきました。



江戸時代の白粉の多くには、やはり鉛を原料とした鉛白が使われていたといわれています。


白く整えられた顔は気品や美しさを象徴するものでしたが、その裏では肌荒れや体調不良などの問題も指摘されていました。



やがて近代になると鉛の危険性が知られるようになり、『命がけのメイク用品』は次第に姿を消していきます。




色への執着


鉛白という白は、芸術の世界でも、美の世界でも、人間の理想を支えてきた色でした。

画家たちは理想の光を描くためにこの白を使い、人々は理想の肌を作るために同じ白を顔に塗りました。

理想の「赤」が虫の命から作られていたのに対し、最も美しい「白」は人間の命を蝕む鉱物から作られていたのです。



シルバーホワイト――それは光を描くための色であると同時に、人間の美への執着を映し出す、少し危うい白でもあったのです。



美術館で古い絵画の「輝くような白」を見かけたとき、「これは馬の糞の中で作られ、画家の命を削った白なんだな」と思うと、また違った深みが感じられるかもしれませんね。




カラースクールT.A.A
藤田 でした